守りつづける杜氏の酒づくり

杜氏 高橋弘三 Kouzou Takahashi

弛まぬ努力を重ね、最良の結果を出し続けていく杜氏としての仕事


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酒づくりに携わった経緯を教えてください。

昭和30年代の半ば、17歳の頃から酒づくりの仕事に関わっています。家が岩手で農業を営んでいるため、冬の出稼ぎの手段として住みこみで働けるこの仕事を選び、『南部杜氏』という酒づくり職人の集団に入ったんです。朝3時に起きて釜に薪をくべる作業、米洗い、タンク洗いなどの雑役から始まり、徐々に仕事を覚えていきました。当時は今のように機械化もされていませんし序列も厳しい世界ですから、振り返れば「辛かったな」とも感じますが、当時はみんながそうでしたから当たり前の感覚で働いていました。

 

 

下積み時代は、どんな気持ちで仕事をしていましたか?

良いものをつくり良い仕事をして当たり前でしたから、そのうえで「もっと自分は良いものをつくりたいんだ」という気持ちで取り組んでいました。「ただ働ければいい」とは思っていませんでしたから、早く上の方で仕事ができるようになりたい、と。最終的に最高責任者である杜氏になることも、その頃から目指していましたね。下っ端の働き手から、まず、次の段階に上がるのには10年かかりました。私が所属する『南部杜氏』では試験もあるんです。言ってみれば酒づくりにおける昇級試験のようなもの。各現場での経験と共に、段階を踏んでの試験をクリアしていき、現在持つ資格も得ることができたんです。私が杜氏になったのは10数年前のことになります。

 

 

酒づくりで大変なのはどのような点ですか?

酒づくりは、決して1+1=2の計算通りにいかないジャンル。同じ水と酵母を使い、同じようにつくっても、毎年全く同じものにはならないんです。この仕事に携わる者は勉強もするし、困ったときの応用の仕方も身につける。でもなかなか思い通りの結果は得られない。こちらとしては、お世話になる会社が期待している酒をつくろうと、みんなで必死に努力しますが、仕込み以前にする米洗いの作業具合一つでも、微妙に結果が変わってしまうものなんです。だから一つひとつのどんな工程にも、絶対に気を抜くことは許されない。酒づくりの仕事は、一生、働いている間は、ずっと勉強です。

 

 

廣瀬商店で杜氏を務めることになった経緯を教えてください。

廣瀬商店さんでは今回の酒づくりから参加させていただいているんですが、前任の杜氏さんは、私が以前つくばの酒蔵で働いていた時に杜氏をしていた方でした。昨年で引退される際に後任として私を推薦してくれていたんです。廣瀬商店さんとは、つくばの酒蔵時代から面識もありましたし、「ウチの杜氏をしていただけませんか?」と、専務がわざわざ岩手まで足を運んでくださって。そういう経緯があり、気持ち良く引き受けさせてもらいました。私のような者でも頼ってくれるのが嬉しかったですし、実際、お世話になってみたら、互いに相談し合える良好な信頼関係も築けています。そこがいちばん大事なことです。酒づくりに没頭できる環境で働かさせてもらって、本当にありがたいと思っています。

 

 

杜氏として、最も嬉しいのはどのような瞬間ですか?

苦労して造った酒が、各鑑評会・品評会で選ばれたことです。結果が出せた時は、やはり良かったとしみじみ思いますし、何よりも、ふだん愛飲くださる皆さんの「美味しいよ」の声を、きちんと証明することになりますから。そのためにも、仕事の全てを誠実に行なう。その繰り返しで常日頃の努力を、今後も重ね続けたいです。廣瀬商店は、会社のバックアップ体制も素晴らしいし、蔵人同士のチームワークも抜群。地元を中心に「味がある」と愛され続ける白菊の酒を、全力で気持ちを込めて造っていきたいと思います。

 

取材日:2010年1月18日